2010/04/20

比喩

 それはなんというか、おそろしく孤独な建物だった。例えばここにひとつの概念がある。そしてそこにはもちろんちょっとした例外がある。しかし時が経つにつれてその例外がしみみたいに広がりそしてついにはひとつの概念になってしまう。そしてそこにまたちょっとした例外が生まれる――ひとことで言ってしまえば、そんな感じの建物だった。行く先のわからないままやみくもに進化した古代生物のようにも見える。~
~塔からは荘重な屋根つきの渡り廊下が出ていて、それは一直線に別館へとつながっていた。この別館というのがまた奇妙な代物ではあったが、少くともそれには一貫したテーマが感じられた。「思想の相反性」とでもいうべきものである。一頭の驢馬が左右に同量のかいばを置かれて、どちらから食べ始めればいいのかを決めかねたまま餓死しつつあるといった類いの哀しみがそこには漂っていた。~
~とにかく、それだけの建物が予告編つきの三本立て映画みたいに丘の上に収まっている風景はちょっとした見ものだった。もしそれが誰かの酔いと眠気を吹きとばすために長い年月をかけて計画的に設計されたものであるとすれば、その目論見は見事に成功したと言ってもいいだろう。しかしもちろん、そんなわけはない。様々な時代が生んだ様々な二流の才能が莫大な金と結びついた時に、このような風景ができあがるのだ。~

「ずいぶん広いね」と僕は言った。それ以外にうまい表現が思い浮かばなかったのだ。


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村上春樹『羊をめぐる冒険』より。
IGRS君は、小説は比喩を読むことだからね、と言っていた。
以来、村上春樹を読んで比喩が出てくるたびにその言葉を思い出す。
でもそういう意味じゃないでしょうが。
そして今日読んだ上の文章はふざけているなあと感心した。
比喩を全部抽出し、羊の毛を刈るようにスリムにすればだいたいの上下巻は薄い1冊になるし、単価も下がる。

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